丁寧な暮らし- 代表の想い

利他の実践の結果が、公平である社会

「富を平等に分配すべき・・・」という主張は
とんでもない絵空事だと
昨日に続き、渋沢栄一先生の言葉から
学ばせていただきます。
富める者がいるから、貧しい人が生まれる・・・
なんていう、前者を否定するのではなく
富める者がいるから、貧しい人が救われるのだと。
私も思うのです。
妬みや嫉妬などでは
この国の未来が美しくなるなんて全く思えません。
人には、
勤勉さ、体力、能力、感性、努力など
差異があるのに、
富という視点で差ができることはよくないこと?
それは、とんでもない発想であると、
渋沢栄一先生は教えてくださいます。
富の結果が平等だとはじめから分かっていたら
誰が、努力したいと思うか
誰が、貢献したいと思うか
誰が、人のために身を削りたいと思うか
手を抜き、元気のない、生気のない、夢のない世界です。
努力と貢献による富の結果が、
「公平」でなくてはなりません。
そして、自我ではなく利他で社会に役に立った人が
富むことにより、元気で明るい社会となり
また、その人が新たなチャンスを他の人に与えることによって
富める者によって、貧しいものも救われるのです。
そして、弱者とされる人に対して、富める者は
貢献できる余力をもって、活動できるのです。
私は、自らの20代の貧しい暮らしの中でも
妬みや嫉妬からの、
過程によらず結果が平等であってほしいなど
一ミリも考えてことがありませんので、
渋沢栄一先生のお言葉で、さらに強く確信できるのです。
結果が平等ではなく、利他の精神での努力の結果が公平の社会こそが
責任のある自由と、徳をベースにした民主主義なのですから。

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